1 .酸化チタンと酸化銅の最適な組み合わせを追究
のどかな田園風景に有田焼窯元のレンガ煙突が映える佐賀県有田町。第三セクター松浦鉄道の1両編成ディーゼル列車が車体を揺らす単線の脇に、イリスの工場兼事務所がある。従業員わずか4人の小企業だが、島田幸一代表取締役は「弊社のIRIS(イリス)は理論的には新型コロナウイルスにも効果があり、多くの方に役立つはずです」と笑顔で迎えてくれた。
同社の抗菌性酸化チタンコーティング剤「イリス」は、「酸化チタンと酸化銅を融合させた水溶液で、室内や車内でも使用できる光触媒塗料です」と島田氏。光触媒とは太陽や蛍光灯に含まれる紫外線を吸収して化学反応を起こす触媒の総称で、身近なものでは光合成による植物の葉緑素がある。
島田氏は研究を重ね、酸化チタンと酸化銅の最適な組み合わせで、太陽光に頼らず200ルクスというかすかな光の中でも光触媒効果を発揮できる製品の開発に成功した。化学薬品を使わないことも大きな利点で、動物実験で安全性を証明し、特許を取得している。
主な効果として、①厳密な衛生管理が求められる食品工場などの安全対策といった抗菌効果、②光触媒により油分を分解し、素材色を保つことで建物等のメンテナンス費用を軽減できる防汚(セルフクリーニング)効果、③光触媒により生活空間で発生する生活臭やタバコ臭、生ごみ臭、ペット臭といった嫌なにおいを分解する脱臭(ガス分解)効果があるという。
2.まず自動車業界が関心を寄せた光触媒の可能性
まずイリスに注目したのは、密閉空間が避けられない自動車業界だった。トヨタが展開する高級ブランド車レクサスは、純正オプション・サービス「室内消臭・抗菌コート」として採用。「酸化チタンに銅をハイブリットさせる新技術により、太陽光はもちろん、紫外線カットガラスの可視光線でも、ニオイの原因を分解し、優れた消臭・抗菌効果を発揮します」とアピールしている。
日野自動車も関心を示し、実証実験を経て2019年末から製造するバス車内の塗装として利用を始めた。大手ホテルチェーンや病院、老人ホーム等からも「消臭と殺菌に効果があり、安全だ」との声が寄せられているという。昨年度の売り上げは一昨年と比べて約3倍増。今年度はさらに2倍を超える見込みだ。
経営コンサルタントで、4年前から同社営業担当の久原正和部長は「現在、大手電機メーカーや建材、ガラス、塗料などの企業から問い合わせがあり、サンプルを出荷しています。新型コロナウイルスにも滅菌効果があるはずで、金融機関と生産規模の拡大を検討中です」と話す。
同社によると今夏以降、複数の大学や公的研究機関が、可視光線を吸収して有害物質などを分解する光触媒材料が新型コロナウイルスも不活性化できることを証明。酸化チタンと酸化銅の複合体を乗せた試験片の上に、培養した新型コロナウイルスを置き、蛍光灯程度の光を1時間程度照射すると99%以上のウイルスが減少した例もあるという。
「この複合体の組み合わせこそ、弊社が特許を取得したイリスそのものです。しかも、大学の実験の半分の照度で効果があるはずです」と島田氏は声を弾ませる。
3.市役所を辞め起業し地球と人の調和を目指す
古希を迎えた島田社長だが、その姿は若々しく、研究熱心で好奇心旺盛だ。
地元・佐賀県の有田工業高校卒業後、武雄市役所に就職。茶畑で使われる窒素肥料(牛ふんなど)により地下水が汚染されている状況を目の当たりにして、自ら解決策を考えようと市役所を辞め、1992年に有限会社ユートピア企画を設立した。郡部で圧倒的な人気を誇る公務員、上司から「役所を辞めて成功した人物は1人もいない」との苦言が今でも耳に残っている。
試行錯誤の末、植物活性化剤や光触媒を使った農作物が腐りにくいエチレンガス分解装置などを開発。佐賀県が所有する有光触媒に関する特許の実施許諾を得るなどして、イリスの開発につなげていく。「山あり谷ありの人生でしたが悔いはありません」と振り返る。
会社や製品の知名度は低いが「私は一貫して水や食べものなどの自然を大切にしたいとの思いでやってきた。大げさかもしれませんが、イリスを通じて地球(ガイア)と人間の調和に少しでも役に立ちたいという気持ちです」と目を細めた。